今日は青空

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窓を開けると 

朝の冷気が入り込む。

 

半袖のTシャツでは落ち着かない。

フランネルのシャツを重ねた。

 

小さな小屋の大きな窓は

花粉や綿毛 枯れた木の葉の

夏の置き土産で 随分汚れた。

薄い木綿のカーテンはくたびれて

そこを透る朝の光は穏やかだ。

 

静かな土曜日の朝 

ラジオから流れるチーフタンズの曲が

時折走り去る車 バイクの音に重なる。

 

明日から雨が続くと 天気予報が告げる。

でも 今日は抜けるような青空だ。

 

 

The Chieftains

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安価な高麗青磁の湯飲み

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8、9年前

ソウル仁寺洞(インサドン)の

間口の狭い陶器屋の前。

高麗青磁の湯呑みが カートの中に

雑に入れられ 安価な値段で売られていた。

二つ買い求め 大事にバッグに収めた。

 

それは手のひらに載る程の大きさ。

淡いブルーに 潔く貫入が入る小さな器に 

鶴が飛翔し 雲が巻く大きな空。

 

私はそれを時々手に取り

眺めては 又 食器棚に戻す。

 

安物の今出来高青磁

淡いブルーは 私との相性が良く

その上に とても品がいいのだ。

ダリアと松ぼっくり

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ダリア

ピンクとオレンジ色の 大輪のダリアの花を貰った。

デュフィーの描く フランスの壁紙の色だ。

朽ちかけた壁を思わせる花瓶の中

東の窓の側で 淡い昼の光を受けている。

 

そばに置いた2個の松ぼっくり

静かな声で思い出を語る。

韓国 水原華城(スウォンファソン)の

松林の中で拾った。

そうだね 

あの時 私の手のひらに載った軽い松ぼっくり

大事に服のポケットに入れ

そして ここまでやって来たのだった。

 

フランスの明るい壁紙色のダリアと

韓国の松林の 侘びた松ぼっくり

低い話し声。

耳を澄まして 聴いた。

秋の花達

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月見草

秋の花は 今が盛り。

曇り空の下でも 晴天の下でも

控えめな彩りで咲いている。

 

「小屋」の周りでは 何本もの秋明菊

白い花びらを揺らし

 

川へ降りる 細い道には

邪魔になるほどのミゾソバが群れて

 

ボロギクは

広い原っぱを我が物顔で占領し

風に その綿毛が舞う。

 

カーペットの様に広がっていた野菊は

タイチさんに あっさりと 

草刈機で刈られた。

 

明るい黄色の月見草が

咲いているのは道路の脇

数本づつが ポツリポツリと咲いている。

夜露を残したその薄い花びらは

歩く私を 首を傾げて見ているような・・・

三谷龍二さんの文から

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「住む。」という季刊誌を 図書館で定期購読している。

木の家を見るのが好きで愛読しているのではなく

長田弘」の詩が好きで それだけの為に借りていた。

長田弘」亡き後 今は三谷龍二さんの

短いエッセイを楽しみに読んでいる。

 

三谷龍二さんは 

信州でシンプルな木の器を作り続けている人だ。

一季遅れの「住む。」の彼のエッセイ。

 「一編の詩が自立するのは 言語の中に置いてではなく

  詩人が終わったところから読者が始めるという

  架橋体験の中においてだろう」・・・寺山修司

 

ここで三谷さんは「詩」を「器」に置き換える。

 「ひとつの器が自立するのは 造形においてではなく

  作者が終わったところから 使い手が始めるという

  架橋体験の中においてだろう」

そして こう続く。

 「器は 片手で持ち上げることができるほどの

  小さなものですが それをきっかけに広がる世界は

  決して小さなものではない」

 

 

隼人ウリを貰った。

浅葱色の透明感のある風貌

細い棘を持つ ちょっと意地悪な瓜。

 

浅葱色の釉薬の角鉢に

浅葱色の瓜を入れる。

ここに一つの物語が始まるのだ。

栗の毬(イガ)

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栗の毬(イガ)

 

道路脇に バラバラと散らばる栗の毬(イガ)は

見上げる山に根を張る あの栗の木からだ。

 

可愛い茶色の栗坊主を 抱き抱えていた毬(イガ)。

風の強い日に バラバラと落ちた。

 

晴れが続いた日々。

金星が輝き 星座も空に広がった夜

アスファルト道路の上に 

散らばった毬栗を 鹿が見つける。

「あっ 栗だ!」とは思わなかっただろうが

餌を見つけた悦びに 少しは胸が高鳴っただろう。

 

形のいい蹄で 毬をクイっと押し

割れ目から見える 光る茶色の栗。

濡れた鼻ズラを傷つけない様に

上手く食べるのだ。

 

写真に撮った アスファルト道路の毬(イガ)の殻は 

とても男前だ。

蓼(タデ)の花

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山の向こうから まだ陽が昇らない時に

雨が降った後のように 夜露が草に残る。

 

秋の野草が 道路脇や木の根元に

ひっそりと咲いている。

 

緑の葉から 赤く色づき始めた蓼を

何本も手折ると 指先が濡れた。

白の花器に挿した 淡いピンクの蓼の花は

上を向いて吠える ピンクのコヨーテの前。

 

さて 今から

狭い棚の中に詰まった 私の思い出話を

蓼の花は 色々と聞かされる事になるのだよ。