満身創痍の倉

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400年前か 500年前か

私の住んでいる集落に

一番最初に住み着いた家族。

 

侍と言われるこの家の先祖は

山奥を拓き 家を建て

畑や 田を作り 炭を焼いた。

 

今は誰も住んでいないこの家。

 

台風で

この家の窓と雨戸が飛び 

小屋も崩壊し

倉の壁が以前にも増して

下地の土が見える様になった。

 

壁が落ちて

泣いている様に見える倉。

 

だが、しかし

藁をすき込んだ黄土の下壁

漆喰を塗り込めたの白壁の倉。

 

豪農の立派な倉ではないが

自然素材で出来た質素な風情。

身分相応な美しさだ。

停電の日に読んだ本

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21号台風の六日間の停電で

私は一冊の小説を読んだ。

 

一ヶ月程前に

東山彰良(ひがしやまあきら)という

初めて聞く名前の小説家が

NHKFMラジオ深夜便」に登場した。

 

その時に紹介されたのが「流(りゅう)」

直木賞受賞作。

 

東山彰良のインタビューの話がおもしろく

Amazonで中古本「流」を少し前に買っていた。

暗い中で私はその本を読み始めた。

LEDの懐中電灯をページに照らして。

 

  『1975年、台北

  内線で敗れ、台湾に渡った不死身の祖父は殺された。

  誰に、どんな理由で?

  無軌道に過ごす17才の葉秋生(イエチョウシエン)

  は、自らのルーツをたどる旅にでる。

  台湾から日本、そしてすべての答えが待つ大陸へ。

  激動の歴史に刻まれた一家の流浪と決断の奇跡を

  ダイナミックに描く一大青春小説』

と表紙に書かれたあらすじ。

 

テレビもパソコンも使えない。

携帯ラジオしか聴くものがない。

そのような中で

主人公や登場人物の魅力あるキャラクター

スピーディーなストーリー展開

猥雑な当時の台湾の下町

青春時代の切ない恋人との別れ

そして誰が祖父を殺したのかという謎解き。

 

豊かな作者の語彙で綴られたその小説は

何もする事がない暗闇の中で

どんどんと進んで行った。

 

面白い、実に面白い。

 

停電の三日目。

まだ 表が薄暗い夕方

その本を読んでいる時に

私は経験した事のない不安感に襲われた。

 

体と顔に急に汗が吹き出て

どこにも居場所がない様な 強い不安感。

 

実力を感じるその小説のストーリーは

明るさに慣れた私が暗闇で読むには

余りにも混沌としたものだった。

 

ページを閉じ 夕ご飯を食べた後

私は夫に「明日 発電機を買いに行こう。

もう暗闇は嫌だ」と言った。

 

次の日の

発電機で明るく照らされた小屋の中。

「ホッとした」と言うのが偽りのない気持ちだ。

 

停電が終わった数日後

私は残りの「流」を読み終えた。

「おもしろいよぉ」と誰彼無しに勧めたい。

停電の日のパンケーキ

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電気が止まると何も出来ない。

当たり前の事だが

今回の台風で改めて思った。

 

ホームベーカリーや電気オーブンで

パンも焼けない。

 

そこで簡単に出来る

「パンケーキでも焼こうか」

 

薄力粉、ミルク、ベーキングパウダー

玉子、少しの砂糖。

全ていい加減にボールに放り込む。

 

窓から射し込む光だけの

朝の薄暗い小屋の中。

 

よく混ぜたパンケーキの種を

よく熱した鋳物のフライパンに

薄く延ばす。

 

熱いミルク紅茶とカスピ海ヨーグルト

さらに積み上げた熱々のパンケーキ。

 

このパンケーキの朝食は

六日間の停電の間続いた。

台風が過ぎて

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21号台風が近畿を真っすぐ北に通り過ぎ

私の住む滋賀県も風速39メートルを記録した。

 

電線が山や道路脇の杉林の間を通っている。

台風でなぎ倒された杉の木々に電線は断ち切られて

停電は六日間続き、電話、携帯は9日間使えず

テレビ、インターネットは昨日

やっと繋がった。

 

嬉しかった。

 

台風は過ぎても

青空が見えるわけでもなく今朝も雨だ。

 

豪雨、台風、地震

小さな島国は大荒れだ。

 

今日から一週間

京都と滋賀を往復する日々だが

又、日々の何かを綴っていけたらと思っている。

不安な日々

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3日 午前7時

 

日常的になった災害ニュース。

うちも台風で何回か被害にあった。

 

ニュースを見たり聞いたりする事で

不安になる日々だ。

 

今も21号台風が

刻々とこちらに向かっている。

 

今日は一日何も手に付かず

雨や風に叩かれる小さな小屋の中で

不安な気持ちを抱え

台風の過ぎ去る時を耐えよう。

大きな栗の木

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栗の木

 

私の住んでいる山の村には

あちらこちらに

大きな栗の木がある。

 

足元を気をつけながら

山の中を歩いている時

道に沢山転がっている

いが栗に出会う。

見上げると大きな栗の木が

枝を広げている。

 

私達が栗を思い浮かべる時

それはホクホクとした焼き栗だ。

 

しかし

それだけではない。

 

かつての線路の枕木。

それには固い栗の木が一番。

手作業で一本一本作っていく。

林業が盛んだった頃の

この村の特産品。

 

大きな栗の柱に穴をあけ

それを土に立て竿を通し

そこに刈った稲を架けて干す。

その柱は「ほだ」とこの辺りでは言う。

 

そして

我が家では栗の薪が大好きだ。

ストーブの中で

パチパチとはぜる音をたてて燃える。

その上

焼き栗と同じ

芳ばしい香りまでする。

20余年経ってやって来た感動

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松本路子写真集より マリソル(MARISOL)

 

以前はそんなにいいと思わなかったのに

今はとても好きだと言うもの。

誰にもこんな経験があると思う。

 

ある本を探している時

本棚の積み重なった本の間から見つけた

1995年の展覧会の作品集「MARISOL

 

探すべき本はどうでもよくなり

私はマリソルの作品集に釘付けになった。

 

展覧会で見た時

そんなに感動もしなかったのに。

 

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1995年 マリソル展覧会作品集より

「かもしかのいるジョージア・オキーフの肖像」

 マリソル作 1980年

 

1986年に98才で亡くなるまで

アメリカ ニューメキシコの荒野で

絵の制作を続けたジョージア・オキーフ

 

その濃密で頑固、寡黙なオキーフの生涯を

こんなにも的確に表現した作品があるだろうか。

 

古い柱に彫られたオキーフ

それを石の上に据えて

杖を携え

はにかんだ様に微笑み

私を見ている。

 

20余年経ってやって来た感動。

しばし この作品集を側に置き

朝に夕にページをめくろう。