久方振りに
小屋の北の谷にそい
奥へと上がる。
谷の水は清らかで
木々の間から漏れる陽が明るい。
鳥達の鳴き声が
あちらこちらで響く。
大きく響くのは シジュウカラの警戒音。
倒れた木々を覆う
柔らかな苔 地衣類。
時折聞こえる ピシッという音。
周りを見渡しても 何もいない。
何かに どこからか 見られている様な
そんな気がする。
道路から50メートルも山に入れば
そこは深い山。
木々に囲まれる人間は
小さな存在だ。
手のひらに載る程の
10センチにも満たない
小さな灰皿。
赤の顔料が埋め込まれた
刻まれた花と葉っぱ。
金色に光ってはいるが
これは 銅かも知れない。
アラジンが履いていた様な
エキゾチックな靴だ。
夫が物心ついた時から家にあり
今は
私が探し物をする時に
引き出しや箱の中から
ひょっこり顔を出す。
使わないものだからと
捨てるには忍びない。
そんな小さな 愛らしいものが
この小さな小屋の中に
幾つか 潜んでいる。
数年前の出来事だ思っても
それは 10年前であったりする。
「白の闇」を読んだのもつい数年前だと思うが
多分 10年ほど前なのだろう。
読み始めた時から 心臓の鼓動が早くなる様な
衝撃的な内容だった。
一気に読んだが もう一度読むには 重過ぎる本だった。
ある日突然に目が見えなくなる。
失明なら目の前が暗くなるはず。
でも この小説の失明者の目の前は
「白の闇」が深く存在するだけだ。
この失明は伝染する。
接触した人は次から次へと失明し
政府は感染した患者を収容所に隔離する。
収容所の中の秩序が崩れ 暴力が蔓延していく中で
一人だけ目が見える女性がいた。
しかし 彼女もやがて失明していく。
色のない物語。
白と黒と灰色だけで この物語は進む。
救いのないままで終わるのかと思い始めた頃
終盤に希望の光が見える。
冷たく暗い石造りの建物の街で
奇病、伝染病に翻弄される人間達。
ストーリーの大きな流れの中で
キリスト教思想を感じる事も度々あった。
新型コロナウィルス感染症のニュースを聞いた時
「白の闇」が心に浮かんだ。
______________________
「白の闇」
雨沢 泰 訳 NHK出版発行
映画化 Blindness